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日本人の場合は、自宅で介護をする人を立派だとほめる傾向がありますが、一概にいいとは言えません。 それぞれ抱える事情も、精神力も体力も違うのです。 無理をして、いい結果になることはありません。

体力的なことや時間的なことなど、自分の器では認知症の親を介護することは無理だと判断すれば、専門施設にお願いして、自分はそのためのお金を稼ぐために働く、という方法もあります。 施設にあずける、というと、「冷たい人」と見られるかもしれませんが、言いたい人には言わせておけばいいのです。 厄介払いのつもりで施設にあずけるのと、自分の器や状況を見きわめて、やむにやまれずあずけるのとでは、動機がまるで違います。 施設選びの段階から、行動になって表われるでしょう。
やむにやまれずあずける人は、きちんとした施設を厳選し、お見舞いにも頻繁に行きます。 施設にあずけていても、つねに心にかけて、自分にできる最大限のことをしようと努めるでしょう。

逆に、あずけっぱなしなら、施設へ「捨てた」と陰口を言われても仕方がありません。 短時間でも、心を込めた行動をすれば、本人も周囲も、いつかは必ずわかってくれます。何をするときも、現象ではなく動機がすべてなのです。 動機は必ず行動になって表われます。 たとえ認知症になっても、本人のたましいはすべてを記憶しています。まわりの人がかけた言葉やとった行動はすべてわかっているのです。

意識不明者でも同じこと。 もう意識がないからといって、病室でお葬式の相談をしたりする 場合がありますが本人には聞こえていますたましいの記憶には残るのですごいまた、あくまでもスピリチュアルな視点でみた場合ですが、認知症で表われる症状はその人の生き様を示します。異物を食べてしまうのは、それだけ食べ物に苦労してきた、ということです。

戦後、食糧難の時代を生き抜いてきた人は、やはり食べ物のことが心配でたまらないのでしょう。 その思いが、異物を食べるという行動になって表われるのです。 徘徊する人は、自由が欲しかったのでしょう。 家のしがらみなどに束縛されて生きてきて、苦労しながらも頑張って子どもも育て上げたけれど、それでもつらかった、逃げたかった、という思いが徘徊行動になって表われます。
子ども返りする人も同じ。

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